先日、従弟のひろくんからメールがあり、うちの父が、母方の祖母に私との絶縁状態のことを話したらしく、おばあちゃんがとても心配していて、何度か電話をかけようとしたけれど、つながらなくてさらに心配しているので、陽子ちゃんの方から連絡をしてあげてほしい、との旨でした。
このメールを受けたのが土曜日の早朝。今週末は数ヶ月前からの予定で、Long Islandに住んでいるJoeのお母さんの従妹が、親戚を大勢招待しての週末パーテイーを開催したので、私とJoeも、両親の車にお邪魔して行きました。マンハッタンから車で数十分の場所ながら、とても長閑な地域におうちがあって、大きなお庭にプールやら、このパーテイーのためのテントも張っていて、感激でした。土曜日は、プールで泳いだのと、おいしいお料理を食べたのとで一日が過ぎました。おばあちゃんのことを想いながらも、日曜日の夜に電話をする、と決めたので、とりあえず週末は精一杯楽しみました。
日曜日、うちに帰りついたのはもう、夜の9時過ぎでしたが、心を固めて祖母に電話。7ヶ月ぶりに、不孝者の孫娘から電話を受けて、それでも祖母はとても嬉しそうな声でした。元気なのか、生活には困っていないか、しきりに聞いてくれました。そして、両親との軋轢については、私の気持ちもよくわかるけれど、どうか、ここは私が大人になって、両親に連絡をしてあげてほしい、と祖母は言いました。涙声で、「もうそんなに長く生きてはいられないから、家族の中でこんな支障があるのはとても哀しい」、とも。いつでも、Joeと二人で帰っておいで、と祖母は言ってくれました。父と話をして、私の両親が、前のように私と毎週末に電話で話しが出来ないことが寂しいようだ、という印象をもったそうです。
—自分から折れることは、決して嫌ではありません。自分のどこかで、それしか和解の道はないだろう、ということがわかっていた気がします。そして、いつかは必ず和解するんだ、という妙な自信に満ちた予想もありました。ただ、前にこのブログでも書いたように、30歳(もうすぐ31!!)になって、両親からの本当の意味での自立をするために、この「休憩」が必要だった気がします。
明日の朝、出勤をする前に、両親への手紙を書いてみようと思っています。言いたいこと、伝えたいことを正直に書いて、送るつもりです。
